The Truth of the Awareness

The Truth of the Awareness

幻想世界から目醒めるためのヒント

智慧と煩悩

私は仏教のことは詳しく知らないし、

仏教の教えを信じる気もないし、

仏教の教えを知らなくても5次元覚醒(悟り)することはできると私は自分の身をもって分かっている

 

でも今日は仏教用語を使って説明してみようと思う

 

ただ、仏教の教えと合致してるかどうかは私は分からない


私の解釈で書いているだけだということは最初に断っておく

 

 

+++++++

 

仏教では悟りを『彼岸へ渡る』と表現する

 

それから

『煩悩』『智慧』

という言葉があるけど、

 


これって

煩悩=自我&エゴ
智慧=真我

に置き換えられると思う

 

 
真我が発現する仕組みは以前の記事に書いたよね 

 

shandrani.hatenablog.com

 

 

内観して自我&エゴを昇華させていくごとに、
真我が覚醒していく

 


これは 

煩悩を滅していくごとに
智慧が増していく

に置き換えられる
 

 

仏教では智慧を獲得するための修行(八正道とか六波羅蜜とか)があるらしいけど、

 

仏教のそういう細々した(面倒くさい)知識を取り入れたりしなくても、

 

日常生活の中で起こるいろんな出来事や事象やなんかに、

アナタの覚醒に必要なものは

すでにぜんぶ組み込まれているんだよね

 

 

なので、
普通に生活しながら自分にわく思考や感情についてこまめに内観してると、

四諦とか十二因縁とか五欲とか
八正道や六波羅蜜などの中身について、

自然に考え、

自ずと観ることになるんだよ

 

 

だから
仏教の教えに固執したり必死に勤しんだりしなくてもいいんじゃね?
と私は思ってる

 

 


「智慧を蓄積する」と表現してる人がいたけど、


智慧というのは

修行を積んで蓄積(溜めるとか蓄えるとか)していくようなものじゃないんだよね

 

 

自我&エゴを滅していくごとに
同じ量だけの智慧が顕れてくるんだよ

 

 

 

覚者の真似事やってるスピオタクさんは、
仏教とか悟りの知識は頭にたっぷりあるわりに、
自我と真我の仕組みも解ってない人が多い

 

それにたいてい頭が固くて観念まみれ

 

自分が知ってる悟り知識がすべてだと思い込んでる

 

 

スピ業界で覚者活動してる人たちのほとんどは、

実は彼岸へ渡りきれていないよね

 


ほとんどが彼岸へ渡るのを遣損っている

 

 

これは
智慧が満ちていないから渡れていない
ということ

 

 


どれだけ修行してきたとしても、
どれだけ川を渡りたくても、
智慧が満ちていない者は彼岸へ渡ることはできない

 


智慧が満ちていないというのは、
まだ煩悩(自我&エゴ)が残っているということ

 

真我が覚醒しきっていないということ

 

 

煩悩(自我&エゴ)が残っているのに、
真我が覚醒しきっていないのに、
彼岸へ渡ることはできない

 


特に深層意識の
自分でも自覚が全くない自我&エゴを昇華させずに残したまま

川を渡れると思う?

 


川を渡りきれなかった覚者たちは、
意識の部屋のガラクタ(自我&エゴ)を
ぜんぶクリアにさせていないから渡れなかったと言える

 


悟りの知識ばかり頭に詰め込んで、
それで悟りが解ったと勘違いし、
中途半端な自説を説いてる覚者たちが多いとつくづく思う

 


自分では自己観照してるつもりなんだろうけど、

実際は自分の自我&エゴをちゃんと観れていないスピオタクさんも多い

 

 

悟りの知識内で、
自我の頭で、
どれだけ自分で修行してきたと思ってても、

自己観察や自己観照や瞑想をやってると思ってても、

自我&エゴを昇華させていないなら、

その自覚さえ持てていないなら、

まだ煩悩(自我&エゴ)があるってことよ 

 


智慧が満ちていないってことなのよ

 


そんなんで川を渡れると思うかな?

悟りに至れると思うのかな?

 

 

真我が覚醒すると、
はっきり自分でそれが解る


自分で自覚できるのよ 

 

それは智慧が満ちているという証

 

 

 

気をつけなきゃならないのは、

4次元スピ世界では自我にいとも簡単にマヤかされやすいから、

自我&エゴ満々の自惚れ屋さんは

「私、真我が覚醒してきたみたい~♡」

って思い込まされやすい点

 

 

また、覚者の真似事やってるスピブロガーを盲信してる読者もホント多いよね

 

 
だから、
慢心していないか自分を常に冷静に観ていなくてはならないし、

スピブロガーが書いてることを盲信しないように検証精査しなくてはならないのよ

 

 

これは覚醒を目指したいなら必須だよ

 

 

 

川を渡るタイミングは
真我に委ねるしかない

 


悟り系オタクさんが
いくら川を渡ろうと思っても、
真我の協力がないなら、
それは頭の中で自我がやっているだけ

 

で、結局、渡りきれずに戻ってくる

 

 

渡りきれずに戻ってきた覚者たちは、
その自分の中途半端な幻想体験を
信者たちに拡散する

 

だから信者たちは
悟りのエセ情報に惑わされてしまうことになるんだよね

 

 


それから

川を渡るのは
一度にではなく
少しずつ渡る

 

 

幾度の空恐ろしい体験を、
その底知れぬ恐怖をじーっと味わい、
耐え、
手放し、
委ねる

 


これを何度も繰り返しながら

川を渡りきるのよ

 


それは

智慧が満ちた者なら耐えられ、

乗り越えられるの

 

真我がしっかり支えてくれるから

 

 


でも智慧が満ちていない人は
真我のサポートがないから、
その空恐ろしい体験に耐えきれない

 


だから空恐ろしい体験だけを抱えて、
此岸に引き返してしまうことになる

 


戻ってきて、
そこでの絶望や虚無の体験を
世間に撒き散らす

 


そうやってスピオタクさんたちに恐怖心を植えつけている

 

 

「もう川を渡るのなんて諦めた方がいいよ~」

「覚醒なんて目指さない方がいいよ~」

「悟りに至れば廃人同然になるんだよ~」

 

 
これらは自我の足止めトラップなのに、
まんまとそう洗脳されてしまう

 


そんなもん、
幻想を見てきただけなのに

 

 

幻想なだけなのに、
その自分の幻想体験を鵜呑みにし、
幻想に振り回されているスピオタクさんがホント多すぎる

 

 

 


『自我の消失』

 
それがどれほどに酷烈なことか、
今のアナタがたには絶対に想像もつかないだろう

 

 
でも
智慧が満ちたなら
恐れることはない

 

 

 

 

広告を非表示にする